日本語学会の機関誌『日本語の研究』(18巻2号、2022年8月刊)の「編集後記」に、「深掘り」のことを書きました。以下にその原文を掲げます。
◆本学会企画「第1回中高生日本語研究コンテスト」の広報文(学会HP参照)に,「身近な日本語を深掘りすると、新たな発見があるかもしれません。」とあります。
◆この文中の「深掘り」については,『新明解国語辞典』第8版(2020.11刊)の広告に〈新規項目例〉として掲げられるほか,「「深堀り」というのは頻繁に使われますが、これ新語なんですよ。」(内田樹氏のTwitter:2020.9.22)等の発言も見られます。
◆「掘り下げる」と類義的な〈詳しく調べる〉意の「深掘り(する)」は,遅くとも1980年代から新聞等での使用が認められ,〈気づかない新語〉の一例と言えそうです。
「1980年代」の新聞記事というのは、たとえば次のような例です。
〇日本の技術戦略としては新しい技術への挑戦と同時に、やはり生産技術もふくめた既存技術の改良、深掘りが大切なのでしょうね。(「東芝社長佐波正一氏――電子・電機複合技術で勝負(ニュース対談)」『日本経済新聞』1982年4月12日夕刊)
一方『国会会議録』を検索すると、より古い例が見られます。
〇そうなると、日本のいまの少年犯罪の原因の深掘りということが一そう重要になってまいります(「第51回国会衆議院決算委員会第11号」1966年3月22日[発言者]吉田賢一)
さらに調べてみると、次の昭和戦前期の例が見つかりました。
〇自然主義以後の文学はその描写と表現に於て、殆ど技術と同様の程度にまで機械的になり、映像描写に於ける機械的発展に比較されるべき、描写上の行詰りを感じさせた。〈中略〉又かういふ自分なども此描写を深掘りする以外に、何等の新しい速度ある表現に打身になれなかつた。(室生犀星「描写上の速度」『薔薇の羹』1936年)
このような「深掘り」は、先行する「(深く)掘り下げる」(『日本国語大辞典』〈第2版〉では1912年の夏目漱石『彼岸過迄』の例が掲げられています)等との関係も考えられ、さらに探索(=深掘り)すればまだいくつもの用例が得られそうです。
つまりこの意味での「深掘り」は、それなりに古くから使われていたもの(もちろん〈地面等を深く掘削する〉意の「深掘り」はもっと古くからありますが…)と考えられます。ところが、それがあまり気づかれないまま時間が経過し、何かのきっかけで後に比較的若い世代の人々などが頻繁に使用するようになると、〈新語〉〈新用法〉として注目され、時には〈言葉の乱れ〉として批判されることもあります。
私はこのような言葉を〈気づかない新語〉と呼んでいるのですが、その中には「滑舌」「食感」「目線」「特化」あるいは「よるごはん」など、身近な語がたくさんあります。
〈気づかない新語〉は文字通り〈気づかない〉ことが多いものです。ほら、いまあなたが口にしたそのことば、それもひょっとしたら…。
橋本行洋(日本語学会編集委員長、花園大学文学部・教授)